【ウェルビーイングの鍵(株)乃村工藝社 ウェルビーイングの鍵は 「個のパッションを活かす文化」にあった!】

数多くの受賞が物語るクリエイティビティを誇る空間づくりで、
確固たる基礎を築いてきた乃村工藝社は創業以来130年以上にわたり、「黒子の精神」に徹してきた。
それが近年、企業から受注したプロジェクトの設計・施工にとどまらず、構想・企画から運営、さらなる展開までを一貫して担うプロジェクトや、ランドスケープや社会課題へのかかわりなどで、乃村工藝社の名前が表に出る機会が増えている。
個の力を遺憾なく発揮することを求められる仕事の現場で、
働く人々の働きやすさや心身の健康は、どう担保されているのだろう。
ものづくり企業の人財育成と働き方について、乃村工藝社 未来創造研究所の活動拠点Creative Lab.」で、
執行役員 コーポレート本部長の辻村さんと、未来創造研究所所長 デザインディレクターの山口さんに聞いた。

お話しをうかがった人/(株)乃村工藝社 執行役員 コーポレート本部長:辻村公成さん、(株)乃村工藝社 未来創造研究所所長 デザインディレクター:山口茜さん

聞き手/ウェルビーイング100 byオレンジページ編集長:前田洋子 アンティー・ファクトリー:水野可奈子
撮影/原 幹和  ※本文中上より3,4,5番目の画像は乃村工藝社提供
文/小林みどり

左:辻村公成さん 右:山口茜さん

人事評価にもつながる「おせっかい」という挑戦目標

━━━乃村工藝社では、会社の経営理念やミッションを9割近くの社員が理解していると伺いました。

辻村公成さん(以下、辻村) アンケートをとると、経営理念や私たちが共有する価値観を表す「ノムラマインド」※の浸透率は、けっこう高いですね。その理由のひとつは、発信の場を設けていることにあると思います。
定期的にみんなを集めて、部門ごとに方針と進捗を発信する場を設けています。また、全社員を呼んで新ビジョン発表会を開催したり。
まあ、イベントも手掛けている会社なので、そういうことが好きだというのもありますが(笑)

※ノムラマインドに掲げられている6つの言葉:「随所に主となる意欲」「感謝する心」「不断の向上心」「強いチームで仕事をする自覚」「クリエイティブな精神」「付加価値の高い仕事をしている自負」

 山口茜さん(以下、山口)    実際に社員へヒアリングを行いながら、「ノムラマインド」を具体的な行動に落とし込む作業も行いました。個性のある社員がこれだけ多い会社ですが、不思議なことに共通する価値観に行き着くんですね。だからこそ多くの社員が共感し、高い納得感を持っているのだと思います。
自分で発している言葉だから、違和感がないんですね。

2021年にオフィスをリニューアルする際にも、100人ほどの社員が集まって、「そもそも、乃村工藝社が大事にしていることって何だろう」というところから自分たちで考えて言語化していきました。
だから、新オフィスを語るときの主語が“自分”。
人任せではなく、自分たちのオフィスを作るんだという意識が育っているわけです。

その後に開催されたオフィスツアーでは、私も数百件はアテンドしましたが、外部の方々に対して乃村工藝社はこんなことを大切にしているだとか、ここのコンセプトはこうでとか、実際にこんな影響がありますよとか、会社の代表として話すわけです、ひとりで。
そういう体験をすると、やはり意識は変わっていきます。
話せる人をどんどん増やしていくと、それは会社を代表する意識を持った人が増えるのと同じで、やはり全然違いますよね。
2025年秋には『空間の歓びと感動学』(日経BP)という本を出版しましたが、書籍の発行は世の中へのアピール度が違いますね。乃村工藝社を知らない人にもこの書籍のことは届いていて、お会いした時に「本を読んだよ」と言われる経験は、自分が会社の代表、会社の入り口であると感じられ、背すじが伸びて覚悟や責任感も増します。

前の中期経営方針を考えるときも、私たち世代の管理職層が全部署から何十人も集まって、一年かけて未来の乃村工藝社について熱く議論しました。
そのときに「いい意味でのおせっかい」という主旨の言葉が最後に残って、当社の「ビジョン」にも活かされています。だから、「私たちの言葉」という意識がすごくあるんですね。
自分の言葉で会社について言語化できる。トップダウンではないよと。
そして、それを話す場があるというのが重要ですね。プロセスと機会がいい循環になっていると思います。

━━━他者と距離を置きがちなご時世ですが、「おせっかい」とは具体的にどういうことですか?

山口      自分の仕事の範疇をはみ出すと言いますか、たとえば顧客からは何も言われていないのに、「これやったほうがいいですよ」と提案したり。
損得を考えるより前に「それ、おもしろいね」と肯定する空気が、この会社にはありますね。「こういう空気感がなくなったら乃村工藝社じゃないよね」、なんて会話が社員の間で出たりしますし(笑)
そして、この「おせっかい」、実はちゃんと人事評価に反映されて加点されるんですよ。

辻村    社員一人ひとりの挑戦を後押しするために人事評価に「挑戦目標」を設けています。日常業務の枠を超えた新たな取り組みや、組織横断の活動、社外との連携など自ら一歩踏み出す行動を評価し、成長と価値創出につなげています。

山口      名称は「挑戦目標」となっていますが、但し書きに「挑戦やおせっかいを促進するため」とちゃんと書いてあります(笑) これ、ワクワクしている人もいますよ、今年は何をやろうかって。たとえば英語を話せる人が、ラボ全員の英語力向上のため、会議や日常で積極的に話す「英語コミュニケーション宣言」をしたりしています。

辻村  私たちは創業以来、「人が財産」という考え方を大切にしてきました。だからこそ、目の前の業務だけでなく、「こうしたほうがいいのではないか」「誰かの役に立ちたい」といった主体的な行動も価値だと考えています。実際に新しい仕事やイノベーションの種は、そうした一歩先のおせっかいから生まれることも少なくありません。
こうした一人ひとりの挑戦を支えるために、育てる仕組みそのものも見直してきました。「ノムラ人財育成プログラム」として、若手からマネジメント層まで、それぞれの段階で必要な力を伸ばせるようにしています。

「未来創造研究所」という“筋トレ”装置

 ━━━山口さんが所長を務めてらっしゃる未来創造研究所は、どのような経緯で設立されたのでしょう。また、社内外にどんな影響を?

山口  コロナ禍にリアルな空間の価値が問われて、空間への認識が揺れ動いた時期がありました。そのタイミングで、事業を通じて社会的価値に還元しようと会社がソーシャルグッド活動を加速しはじめたんです。
その後、2022年に「空間の感性と科学」をテーマとした社内研究組織として「未来創造研究所」が誕生し、ソーシャルグッドをテーマにR&D活動をしていたメンバーや、デジタルテクノロジーを活用しプロトタイプを作成していたメンバーが合流し、現在の形になりました。現在は、外部クリエイターや企業、大学などと共創し、一人ひとりのクリエイティビティを起点に空間の価値をアップデートする研究・実装を行っています。

乃村工藝社はクライアントワーク100%の会社で、世の中の価値観の変化の速さを目の当たりにしていますし、使われる技術もどんどん進化していきます。
プロジェクトが始まってから、「この技術使ってみたいんですけど」ではなくて、ちょっと先に準備しておく。
私たちは“筋トレ”と呼んでいますが、新しい技術や価値観を先に試して、それが本当に有効なのか、着手しなくていいのかを先に探っておかないといけない。
それで、R&D部門をつくろうとなったわけです。

こう言うと、なんだか未来予測をする部門のようですが、私たちはモノを創る会社なので、何かテーマが持ち上がったらまず作ってみる、というプロトタイピングを大事にしています。
だから、ここにはすぐ手を動かせるメンバーが集まっていますよ。
雑談で話題になったことが、次の日には早速「つくってみました」と報告が来たり、朝一番で長文の企画書が送られてきたりとか(笑)。
個の力、個人のパッションを最優先し、そこからプロジェクトが生まれていきます。

辻村  会社の視点で言うと、未来創造研究所は研究開発への投資であると同時に、人への投資でもあります。社員が専門性の枠を超えて新しいテーマに挑戦することで、個人の成長と会社の成長の両方につながる。
そうした人財が増えることが、これからの乃村工藝社の競争力になると考えています。

パッションリーダーがけん引する一人一人の情熱

 ━━━組織の中で個人のパッションを事業に活かすのは、なかなか難しそうですが。

 山口      そうですね。各プロジェクトの成り立ちが、ちょっと独特かもしれません。
誰かが「これをやりたい」となったら、私もやりたいという人がついてきて、そうやってできた2~3人で構成されたプロジェクトが何十個もあります。それぞれに、一人でもやり抜きたいと強く思っている“パッションリーダー”を置きます。その人のパッションがなくなったと判断したら、そこでプロジェクト終了です。
R&Dは、誰にもお尻をたたかれないし、納期があるわけでもない。個人の「やりたい」というエネルギーがないと前に進みません。上からやりなさいと指示するのも、ちょっと違うと思うんですね。

個人のパッションを活かせる会社は自然と強くなっていくと思いますよ。
それを事業にコミットさせていくのは、上長の役割だと思っています。
今は研究所のメンバーが中心ですが、他部署からでも関心があれば入ってこられるように、プラットフォームを緩やかにしています。
たとえば、サステナビリティ推進の1つのテーマである「生物多様性」について進める場合、虫や、草の芽や土を見るのが好きで心の底から生物の生態系に関心のある人のパッションを繋ぎこんでいきます。

こういう熱量は、おそらく全社員に何かしらあると思うんです。
社会や会社に対して抱えている「本当はこうしたい」という思いをむき出しにしてドライブさせていったら、乃村工藝社はもっとおもしろくなるんじゃないかと思い、今はそれを仕掛けているところです。

「できないこと」を言いやすくする環境づくり

 ━━━たいていの会社では、あなたのパッションは何かとは聞かれないでしょう。やりたいことは何かと聞かれても、やらせてくれる土壌がないのに言えない、というケースが大半ではないでしょうか。

山口      急に聞いても答えが出ない人はやはり多いですよ。
でも、何かを一緒にやっていくと、各人の得意・不得意や好き嫌いが見えてくる。その得意分野についてさらに深く話すと、好きな分野の分析に関してはもう止まらなくなるから、じゃあ分析を自分のスキルにしてみる? と提案したり。
会社の仕事の中で「やりたいこと」「自分の得意探し」は、自分ひとりでは難しいのだろうと思います。

ほんの小さなことでも自分の得意なこと、会社に貢献できることが見つかると、自分の不得手を人に言いやすくなるんですよ。
「ごめん、コレはできるけれどソレはできない」、と。そうすると、周りがお互いにフォローしやすくなります。何でもできる人に見せようと鎧を着こむ人がいますが、そんな必要はないんです。がっちり鎧を着てこられて実はスカスカというほうが困ってしまう。
だから、鎧を着ないですむ空気づくり、できないことを言いやすい空気づくりは大事にしています。このラボに戻ってきたときに「ただいま」と口をついて出てくるような場所、外で負けても帰りたくなる場所にしたい。

メンバーはみんな小さな係を持っているんですが、それがラボを“帰る場所”にするひとつの手段としても効いているんです。例えば、水やり係、スリッパを整える係、掃除機をかける係。
こういったメンテナンスは外部委託しがちですが、それだと会社が自分の居場所にならない。ここには自分の役割がある、役に立っていると自覚し、帰属意識を持つことが大事だと思うんです。ちょっと時代に逆行しているようですが、このラボは、そんな家族のような場所をつくるというコンセプトで考えました。

皆が何かの役割を持つここでは、「植物の水やり係」も重要な役割。

この未来創造研究所は、専任ではなく兼務の人も多いですし、兼務もしていないけれどプロジェクトとして関わっている人は100人近くいます。
ここの空気感をおもしろがってよく顔を出す人には、じゃあ何か係をやってもらおうかなと誘って、仲間にしていきます(笑) これが会社全体に広がって、自分のパッションをここに置いていいんだな、ここに預けて育てよう、そう思ってくれるようになりたいですね。

辻村  働きやすい会社というのは、安心して自分らしくいられる環境であること。できないことを正直に言える、困ったら助けを求められる。そういう関係性があるからこそ、それぞれの強みも発揮しやすくなる。制度と、この空気感の両方を育てていきたいですね。
また、社員同士の円滑なコミュニケーションのヒントになればと「コミュニケーションハンドブック」を作成し、全社員に配っています。

社員の「やりたい」を会社の事業につなぐ

 ━━━社員の自立共生ですね。それが実現できていることに驚きます。パッションの大きい人は自分をコントロールできなくなりがちなので、そこを会社がサポートしてくれるなら、社員の働きやすさや心身の健康はとても高まりそうです。

辻村      個人の「やりたい」「もっと進めたい」というパッションが先行すると、どうしても働く時間が長くなりがちです。会社としては時間管理はしっかりしてくださいと発信していますが、「とことん突き詰めたい」という人間が多いので、バランスをとってもらうのが難しいですね。

山口      そうですね。パッションは無限のエネルギー源みたいなものなので、一度走り出すともう止まらないですよ。体も脳も疲れ果てると、クリエイティブワークができなくなるよと、私は伝えています。
そうすると、だったら抑えようという方向に気持ちが傾くし、仕事のピークはがんばったとしても、その後は休もうとバランスをとるようになります。

私の仕事は、そういうみんなのやる気を会社に繋ぎ込むこと。
常にアンテナを張って、いろいろな事業部の戦略などを聞いて回っています。で、集めた情報と社員の能力とパッションとがつながるときがあるので、「あなたのやりたいこと、あそこの部署とつながるんじゃない?」と声をかけます。
それがうまくいくと、私も達成感があってとてもおもしろいし、私のやりがい、働きがいにもなっていますね。

空間創造によって届ける「歓びと感動」

━━━乃村工藝社は心地いい空気感で、働く人が呼吸しやすそうです。そういえば、このラボはとてもリラックスできる雰囲気を感じます。

山口    ありがとうございます。まさに、そういう空間にしたかったんです。この空間をつくるとき、3割だけ作るからあとは自分たちでやってと、途中経過が見えるようにしました。
そのほうがワクワクしますよね。

今、かすかに空気のゆらぎを感じてらっしゃると思いますが、この風も心地いい空間を創るための実験です。気持ち良いと思える屋外環境をどうしたら室内で再現できるのか?を考えているチームのプロトタイプから生まれましたが、今ではこの空間の雰囲気を創る大事な要素になっています。

辻村  乃村工藝社はもともと「空間創造によって人々に『歓びと感動』を届ける」と言い続けてきた会社ですが、今後さらに、人の感情や行動を空間の力でつなげる領域を広げていきたいと考えています。
この未来創造研究所もそうですが、独自のパッションを持った社員が増えれば、新しく、従来にはなかった展開もできるでしょうし、我々には多彩な人間がいる、とお客様に認知していただければ、事業の領域が広がるかもしれないと期待しているんです。

 

山口      ここにいらした皆さん、このラボをおもしろがって、また人を呼んでくれます。
そうやってつながった会社や組織の方々と、色々なプロジェクトが進んでいることにワクワクしています。

辻村  未来創造研究所での取り組みをはじめ、私たちが目指しているのは、社員一人ひとりのクリエイティビティが発揮される会社です。挑戦したいという思いがあり、その挑戦が認められ、また次の価値創造につながっていく。その循環が続くことが、社員の働きがいや会社の成長、そして社会への価値提供につながると考えています。