【たいら由以子 地球にいいことの始め方:『「循環」を暮らしに実装する』】

「半径2キロの栄養循環」というコンセプトのもと、長年コンポスト普及で「循環」のある暮らしの実現のために働く、ローカルフードサイクリングの代表、たいら由以子さんの連載です。
今たいらさんは仲間づくりに邁進中。
今まで培った技術や知識を多くの人に広めるため、様々な養成講座を開いています。
今日はそこで出会った素晴らしい仲間たちとのお話です。

イラスト、タイトル文字/たいら由以子
撮影/原 幹和

「半径2キロの栄養循環」を掲げて長年様々な壁にぶつかりながらも、気がつけばわたしはここまで仲間たちと歩いて来ました。
生ゴミを土に返すという、台所の隅での小さな行為が、食べること・捨てること・土とのつながりを考えさせてくれる……それがコンポスト。
でも、この素晴らしい循環を、行為を、考え方やコンセプトだけでなく、たくさんの人々の暮らしに実装させることは、わたし一人の力では到底難しいと感じます。

9月27日、世田谷区大蔵で、「コンポスト&ガーデンクルー初級養成講座」を開きました。
そう、同じ思いの仲間は「養成」しなくてはならない、そしてその活動が収益につながらなくては、「循環」のある暮らしが普通のことになりにくい。
全国から12名ほどが集まったその日、わたしは改めて気づかされたのです。
土と循環を暮らしに取り入れ、それを地域に広めていこうとする人たちが出会い、語り合うことで、何かが動き始める、と。

安藤さんご夫妻と。左から安藤佳恵さん、たいらさん、安藤勝信さん。

半径2キロ、の偶然

会場は、世田谷区大蔵。
安藤勝信さんが代々受け継いだ土地で営む「三年鳴かず飛ばずプロジェクト」の畑です。
小田急線の祖師ヶ谷大蔵駅から歩いて20分ほど。
国分寺崖線の緑と、蛇行する仙川を望む場所で、少し前まで畑が広がり、今も農地が点在しています。
この日は、この場所の大家であり、土地と建物を地域のつながりとともに再生してきた安藤さんが、実地研修の場として畑を開放してくださり、ご自身の活動についても話してくださったのです。

安藤勝信さん
1975年、東京都世田谷区生まれ。株式会社アンディート代表取締役。祖父の代から受け継いだ土地と古いアパートを預かる大家さん。築30年の木造アパート1階をデイサービス「タガヤセ大蔵」に変え、いまは都市計画道路で分断された生家の敷地で、小さな集落のような「三年鳴かず飛ばず」プロジェクトを進める。2025年7月には、子育て世代向けの賃貸住宅「巡る」が竣工。「大家の学校」の講師も務める。根にあるのは、祖父の「資源(土地)は借りているものだと思いなさい」という言葉。100年先の誰かのために、今日も場所とコミュニティを耕している。


 

北海道・東北・福岡、そして関東圏から集まった参加者は、それぞれにコンポストや地域活動に関わっている人たち。
コミュニティーガーデンづくりに取り組み、その輪を広げようとしている人たちです。
7月から始まった講座で、オンラインでは顔見知りでも、リアルで会うのは初めてという人も多い。
それでも、畑の前に立つと、話は弾みました。
「循環」のある暮らしを普通にしたい——この大きな目標は同じだから、そこへたどり着く自分なりの道筋を、それぞれが自分の言葉で話すのです。

そして、「今、ここで、ここを変えていく」ことに取り組み、着実に成果を出している安藤さんの言葉は、一つ一つが実感に満ちたものでした。
「この地域は都市の中にあってまだ畑がのこっている場所」と安藤さんは言います。

仙川と野川に挟まれ、自然が残る世田谷区大蔵。
半径2キロのなかに学校、行政施設、公共緑地、商業施設が集まっている。都市の中に残された畑だからこそ、栄養循環の拠点として可能性が高い——そう安藤さんは見ています。
「半径2キロ」という言葉が、わたしの活動と重なる。
偶然ではない気がしました。

安藤さんのご親戚出竹 悟さん。

野菜が、メディアになる、人を呼ぶ

この日、安藤さんの親戚で、この土地で代々暮らしてきた、出竹 悟さんという方がいらっしゃいました。安藤さんと畑を一緒にやってきたお父さまの体調が悪くなったことをきっかけに、一緒に畑に足を運ぶようになりました。
悟さんは野菜や果物を作るうちに気づいたことがあるそうです。
「例えば畑のスイカがだんだん大きくなってくると、いつもここを通りかかる人たちが“スイカ、どんどん大きくなるねえ~”って僕に声をかけてくれる。そこから会話が始まって、地域のことや自分のことなんかも、話すようになるんです」
野菜を育てることが、知らない人との距離を縮める。
「土と太陽と水、恵みの力が自然に人を集めるんです」と悟さんは言います。
「畑をやってる人に悪い人はいない」とも。

つまり、一つの茄子にも多くの情報が集まっている。
その情報を地域の人と共有すると、また新たな情報となって自分にかえってくる。
わたしも常々そう感じ、語っていたけれど、悟さんはすでにそれを実感し、地域の仲間とのコミュニケーションに活かしていた。
土と、食べ物と、人とのつながり——循環を暮らしに実装することの基盤はここにあるのではないでしょうか。

「未来、悪くないな」

この日の研修のなかで、誰かの口からぽつりと漏れた言葉が忘れられません。
「未来、悪くないな」。

この先の生活をも変えてしまいそうな気候変動、物価の上昇、社会のあちこちに漂う閉塞感——そういう熱を頬に感じながら、それでも土を触り、野菜を育て、コンポストで循環をつくろうとしている人たちがいる。
遠く離れた土地から集まってきた参加者の顔を見ていたら、わたしも「未来は悪くない」、そう思いました。
個人の暮らし方を変えることは、世界を変えることと地続き。
大げさに聞こえるかもしれないけれど、この日の午後、畑の土の上でわたしはここに実現のタネがあることをリアルに感じることができたのです。

三年鳴かず飛ばず、という時間

安藤さんがこのプロジェクトに「三年鳴かず飛ばず」と名付けたのは、中国・春秋戦国時代の楚の国の逸話からだと教えてくれました。

家臣が、なかなか鳴かない鳥を前に「この鳥は三年も鳴いていません」と王に訴える。すると王は「三年鳴かなかった鳥が鳴いたら、どれほど美しいだろうか」と答えた——。
すぐに結果を求めず、タイミングを待ち、しかるべき時に動く。
計画する側の心には、必ず「急ぎたい、早く成果を出したいという気持ち」がある。
その気持ちを見直すきっかけにしたかった、と安藤さんは言います。

この場所は、子どもの目線や価値観、「宮崎駿的な視点」をたくさん議論しながらつくられてきました。
トップダウンでコントロールするのではなく、じわじわと、ゆっくり広がっていく。
何ができるかよりも、時間の経過とともにお付き合いいただければ——そういう姿勢なのだそうです。

「いきもの係」として

研修を終えて、参加者のひとりがこんなことを言ってくれました。
「たいらさんって、いきもの係ですよね」。

言われてみれば、そうかもしれない。
学校のクラスにいる、植物の水やりや動物の世話を自然と引き受けてしまう子ども。
わたしはずっと、生き物のそばにいたくて、その循環を途切れさせたくないと思ってきた。
コンポストを始めてから、もうすぐ30年。
目に見える成果より、見えないところで根を張る——「三年鳴かず飛ばず」という言葉が、今はわたしのなかにも静かに残っています。

安藤さんは最後に、こう話してくれました。
本当は変わらずに守っていくことがよいのかもしれません、でも変えながら守っていくことも大切なのではないか。
また、なかなか思い通りにはいかないけれど、ゆっくりじわじわ進むことで、結果的に何かができるのでは、という実感。
その両方を、今日味わった。

この場所がどう変わっていくかを、楽しみにしている。
今日の参加者も、その一員になってくれると思っている、と。

すぐに結果を求めず、タイミングを待つ。
でも、待つことは、何もしないことではない。
土をつくり、種をまき、人と出会い、次の誰かが来るのを信じて日々を過ごすこと。
わたしの「半径2キロの栄養循環」も、きっとそうやって広がっていくのだろうと思います。

あなたの半径2キロには、どんな風景があって、どんな人がいますか?
野菜というメディアを、あなたも育ててみませんか?

【コラム:「三年鳴かず飛ばず」プロジェクトについて】

世田谷区大蔵。小田急線の祖師ヶ谷大蔵駅から徒歩20分ほど、国分寺崖線の緑と蛇行する仙川、古いJKKの団地を望む場所に、安藤家の母屋とアパート、畑がありました。昭和40年に計画された都市計画道路の事業が、計画決定から54年を経て2020年に動き出し、敷地は二つに分断されます。
安藤さんは「何をつくるか」だけでなく、そのプロセスにこだわり、2023年7月に「マザーハウス」と「小屋」、2025年7月に子育て世代向けの賃貸住宅「巡る」を竣工させました。マザーハウスでは地域のNPOが「おでかけひろば」を開き、畑や広場も地域に開かれています。

●著者紹介 たいら由以子(たいら ゆいこ)さん 福岡市生まれ。大学で栄養学を学んだ後、証券会社に入社。結婚後に地元の福岡に戻り、父親との別れをきっかけに「栄養循環」を半径2㎞単位で作ることで持続可能な食の仕組みを構築することを決意。1997年よりコンポストの普及とコンポストの人材育成事業を展開する。ローカルフードサイクリング株式会社代表、LFCコンポスト代表を務める。
ローカルフードサイクリング株式会社

●たいらさんの新刊「おいしい循環」をご紹介しています。ぜひご覧ください。    

●「地球にいいことの始め方-台所から始める、循環させる暮らし」記事一覧
vol.1 父の命が教えてくれた、食べものの本当のちから
vol.2【たいら由以子 地球にいいことの始め方-「ずっとそこにあった母の堆肥」】
vol.3【たいら由以子 地球にいいことの始め方-「半径2キロの魔法〜主婦の生活圏で完結する循環のかたち~」】
vol.4【たいら由以子 地球にいいことの始め方-「わたし」、という言葉】
vol.5【たいら由以子 地球にいいことの始め方-「全部、ひっくり返す」】
vol.6【たいら由以子 地球にいいことの始め方―地域で循環を起こす・コミュニティガーデン】
vol.7【たいら由以子 地球にいいことの始め方ー人を良く変えてくれる場所】
vol.8【たいら由以子 地球にいいことの始め方―数字に表せない価値】
vol.9【たいら由以子地球にいいことの始め方ーコミュニティガーデンというインフラ】
vol.10【たいら由以子 地球にいいことの始め方―わたしたちが先に動けばいい】